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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)3132号 判決

原告 臼井孝志郎

右訴訟代理人弁護士 石黒竹男

被告 東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役 松多昭三

右訴訟代理人弁護士 鈴木祐一

同 西本恭彦

同 野口政幹

同 飯田隆

同 金丸和弘

右訴訟復代理人弁護士 水野晃

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金三八五〇万円及びこれに対する昭和六三年三月二五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、「ギャラリープラド」の名称で絵画・美術品等の販売を業とする者である。

2  原告は、昭和六二年二月一日、被告との間で、左記のとおり損害保険契約を締結した。

ア 保険の種類

動産総合保険

イ 保険の目的

展示する美術品(絵画、リトグラフ等)のすべて

ウ 保険責任の始終

保険の目的が展示のために原告の本拠地を搬出された時から、展示場所の保管を経て、原告の本拠地へ搬入された時まで

エ 填補限度額

展示中 五〇〇〇万円

運送中(一事故) 五〇〇〇万円

ただし、右の填補限度額が保険の目的の保険価額を超過する場合には、当該保険価額をもって限度とする。

オ 保険価額

保険価額は仕入原価とする。ただし、仕入原価不確定のものは当年度の美術年鑑等により決定する。

カ 保険料

暫定保険料を金二二三万円とし、一か年経過後精算する。

キ 保険期間

昭和六二年二月一日から昭和六三年二月一日まで

3  なお、原告は、右保険契約締結に際し、左記アないしウ記載の絵画(以下「本件絵画」という。)を含む計一三点の絵画を保険の目的としたものである。

ア 平山郁夫 一〇号風景画「奈良の寺院」 保険金額二八〇〇万円

イ 小磯良平 六号デッサン「女性像」 保険金額四〇〇万円

ウ 上村松園 尺八掛軸「女性、花」 保険金額六五〇万円

4  原告は、昭和六二年三月三日、大阪地区(十八銀行大阪支店)で二日間、広島地区(呉相互銀行福山支店)で三日間、九州地区(十八銀行及び住友銀行の各支店)で一〇日間の展示即売会を催すために、本件絵画他計二二点の絵画を自家用普通乗用車に積んで搬出した。

5  ところが、右運搬中、原告は本件絵画の盗難事故に遭った。すなわち、原告が、同日午前一一時二〇分ころ、東名高速道路御殿場足柄サービスエリアで休憩のため駐車場に車を駐車し、本件絵画を風呂敷に包んで後部座席に置いた状態でドアをロックし、約二〇分後に戻ったところ、車の後部座席窓枠のゴムの部分が剥がされ、ロックもはずされて本件絵画が無くなっていた。

6  右保険事故により、原告は、本件絵画三点の保険金額合計三八五〇万円の保険金請求権を取得した。

7  よって、原告は被告に対し、本件保険契約に基づき、保険金三八五〇万円及び本件訴状送達の日の翌日である昭和六三年三月二五日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認容

1  請求原因1は認める。

2  同2のうち、契約締結日は否認し、その余は認める。

右契約締結日は昭和六二年一月二八日である。

3  同3は否認する。本件契約締結時には保険の目的は確定されていない。

本件保険の目的となるのは、保険事故発生当時に原告が現に所有していた美術品であり、保険契約締結後に流動することが予定されているものである。被告は、保険契約の締結に際し、暫定保険料算定のために原告が保険の目的と主張している絵画のリストの提出を受け、その申告に基づいて右絵画についての一応の保険金額を設定して、暫定保険料を算出したに過ぎず、保険の目的や保険金額を確定させた趣旨ではない。

また、原告は本件絵画の画題すら明らかにできないのであり、原告が本件絵画を所有していたこと自体も疑わしい。

4  同4、5は否認する。

原告主張の展示会開催の事実は調査によっても確認できない。また、原告主張の盗難事故には不審な点が多く、かかる事故の発生は考えられない。

5  同6は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1及び2のうち、保険契約締結日を除く事実は、いずれも当事者間に争いがない。なお、《証拠省略》によれば、右契約締結の日は昭和六二年一月二八日と認められる。

二  原告は、本件保険契約締結の際、本件絵画をその保険の目的としたと主張するが、《証拠省略》によれば、本件保険の目的となるのは原告が展示する美術品であり、その責任の始期は展示のため本拠地から搬出された時であり、本拠地に搬入された時が終期である。その範囲は浮動的なものであって、保険契約締結時に本件絵画が保険の目的として確定していたとは認められない。

なお、《証拠省略》によれば、本件保険契約締結の際、原告が本件絵画外一〇点の絵画のリストを作成し、被告の担当者神田良夫に提出したことが認められるが、右認定の契約の趣旨に照らすと、この手続は暫定保険料算出のための参考という意味のものに過ぎず、これによっても本件保険契約締結時に本件絵画の存在が確定され、これが本件保険の目的として確定されたとは認められない。

三  次に、原告は、昭和六二年三月三日ころ本件絵画を現に所持しており、これを展示のために搬出したこと、その途中で本件絵画の盗難事故に遭ったことを主張し、《証拠省略》中にはこれに沿う供述がある。

しかし、右供述には以下の疑問がある。

1  原告が当時本件絵画を所持していたことについて

《証拠省略》によれば、①原告は、警察署に盗難届を出した際には、本件平山郁夫作風景画(請求原因3ア)の画題を「唐招提寺」と申告し、本件提訴前に被告の調査員及川敬の事情聴取を受けた際にも、右事実を確認するとともに、きわめてあいまいではあるが唐招提寺を描いたものと推測しうるような図柄のスケッチを提出したのに、本件訴訟の口頭弁論においては右画題を「奈良の寺院」と主張し、その後の本人尋問においては「東大寺の森」であると供述するなど、右画題を変転させていること(なお、平山郁夫クラスの絵画の場合、その画題は額縁の裏に貼られたシールに明記される扱いとなっているし、右絵画の価格が極めて高価であることに徴しても、右画題についての原告の記憶がこのようにあいまいであることは、不自然というほかない。また、平山郁夫自ら唐招提寺の一〇号絵画及び「奈良の寺院」と題する絵画を描いたことはないと言明していることに照らしても、右供述を信用することはできない。)、②本件絵画のうちの他の二点についても、原告は、画題についての主張と供述を異にするなど、あいまいであること、③高価な絵画については写真を撮っておくことが画商としての一般的な取扱いであるところ、本件絵画はいずれも原告にとってその扱う絵画の中でも高価なものであるのに、その写真は提出されておらず(なお、原告本人尋問において、原告は反対尋問に対しては写真は一枚も撮っていないと供述したが、再主尋問に対しては写真はあったが本件絵画と一緒に盗まれたと供述を変転させている。)、そのほか、本件絵画を明示した展示会案内状もなく、原告が本件絵画を所持していたことの客観的証拠が一切残されていないこと、④さらに本件絵画の入手経路を裏付けるに足りる証拠もないこと(証人続豊の証言中には、原告は昭和五六年五月ころ本件絵画のうち平山郁夫作のもの及び上村松園作のものを、同証人の仲介により石井清から購入したとの趣旨の供述部分があるが、これも、右石井及び続はこれらの絵画の作者さえ認識していなかったというのであり、また同証言において、これらの絵画の画題・図柄に関する記憶はきわめてあいまいであり、同証言にかかる絵画が本件絵画であることを認めるに足りない。)、以上の事実を認めることができる。

なお、《証拠省略》によれば、本件保険契約締結の際、原告が本件絵画を含む絵画のリストを作成したことが認められ、《証拠省略》中には被告の担当者であった神田良夫が右リストに基づいて原告の指示した絵画を確認した旨の供述があるが、この確認作業が実際に行われたとしても、前記認定のとおり、この作業は暫定保険料を算出するためのものに過ぎず、保険の目的やその保険金額を確定するものではないから、原告の指示した絵画と本件絵画との同一性や絵画の真贋等にまで及ぶとは考えられず、右の一事をもって本件絵画の存在を認めることもできない。

また、《証拠省略》には、小川幸夫が原告宅で平山郁夫の風景画を見たとの記載があるが、画題・号数等及び真贋は不明であり、本件絵画の存在を認めるに足りない。

2  本件絵画を展示のために搬出したことについて

《証拠省略》によれば、原告は、昭和六二年三月三日朝、本件絵画を含む二〇点前後の絵画を乗用車に積み、自ら運転して、原告の事務所から東名高速道路経由で大阪方面に向けて搬出したというのであるが、その中に本件絵画が含まれていたことについては、右1認定のとおりの疑問があるほか、右絵画の搬出が展示のためのものであったことにも、以下の疑問がある。

すなわち、原告は本件絵画を大阪、広島及び九州地区でそれぞれ銀行で催す展示即売会において展示する予定であったと主張していたところ、《証拠省略》によれば、原告は、本人尋問の主尋問においては大阪、広島地区では銀行の展示即売会の予定はなかったが、本件絵画の買受人がすでに決まっていたのでその訪問販売をする予定であったと供述し、右反対尋問において主張事実との矛盾を指摘されると前言を翻すなど、変転が著しいこと、原告が大阪、広島地区での展示即売会の開催予定地として主張する銀行は、いずれも原告主催の展示会の予定はなかったと回答していることが認められる。

なお、《証拠省略》によれば、少なくとも九州地区においては銀行における展示即売会の予定があったことは認められるが、本件絵画の買受人はすでに決まっていたとの原告の前記供述及び本件絵画を明示した展示会案内状もないとの前記認定事実に照らすと、本件絵画が展示のために搬出されたとの点は疑問が残るというべきである。

3  本件絵画の盗難事故について

《証拠省略》によれば、御殿場警察署が盗難届を受理したことは認められるが、同供述によってもその後捜査が進展した形跡は窺えず、古物営業法二〇条一項の品触がなされたことも認められない。しかも、盗難事故の態様が原告の主張するとおりであるとすると、白昼人通りの多い場所で、乗用車のドアロックを壊され、高価な本件絵画だけが盗まれるという犯行が行われたことになるが、それ自体不自然であるし、これを裏付ける証拠は皆無である。さらに《証拠省略》によれば、原告はその直後に右乗用車を修理に出し間もなく売却したことが認められ、原告の主張するドアの破壊状況さえ客観的に認定できない状況にある。

四  以上を総合すると、原告の主張の要件となる原告が当時本件絵画を所持していたとの点、本件絵画を展示のために搬出したとの点及び本件絵画について盗難事故に遭ったとの点のいずれについても、前記三に認定したとおりの疑問があり、前記原告の供述はこれを採用することはできない。そして、他にこれらの事実を認めるに足りる証拠はない。

五  よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 稲葉威雄 裁判官 山垣清正 宮坂昌利)

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